刑法における性犯罪規定の見直しについて弁護士が解説

 法務省法制審議会の刑事法(性犯罪)部会は,令和4年10月24回に第10回会議を開催し,刑法の性犯罪規定を見直す試案を取りまとめました。
 試案は,これまで暴行・脅迫が要件とされてきた強制わいせつ罪・強制性交等罪の構成要件が大幅に変更されているほか,いわゆる性交同意年齢の引上げや,公訴時効の長期化など,現行刑法の性犯罪を大幅に見直す改正となっています。

 以下,刑法における性犯罪規定の見直しについて弁護士・坂本一誠が解説いたします。

1. 強制わいせつ罪・強制性交等罪の要件の変更

 現行刑法では,強制わいせつ罪・強制性交等罪において暴行又は脅迫が必須の要件とされています。
 試案は,以下のとおりです。

  • (ア)暴行又は脅迫のみならず,(イ) 心身に障害を生じさせること。
  • (ウ) アルコール又は薬物を摂取させること。
  • (エ) 睡眠その他の意識が明瞭でない状態にすること。
  • (オ) 拒絶するいとまを与えないこと。
  • (カ) 予想と異なる事態に直面させて恐怖させ,又は驚愕させること。
  • (キ) 虐待に起因する心理的反応を生じさせること。
  • (ク) 経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること。

 その他これらに類する行為により,人を拒絶困難にさせた場合にも,強制わいせつ罪や強制性交等罪が成立することなどを定めています。
 また,行為がわいせつなものでないと誤信させた場合や,行為の相手方について人違いをさせた場合にも上記の罪が成立することを定めています。

2. いわゆる性交同意年齢の引上げ

 昨今,大人が性行為に関する理解の不十分な子どもを性的対象とすることを防ぐため,性交同意年齢の引上げの必要性が問題となっていました。
 これまで,相手が13歳以上である場合の性交には,強制性交等罪・準強制性交等罪や監護者性交等罪に当たらない限り,犯罪とはなりませんでした。
 試案は,13歳以上16歳未満の相手に対して,5歳以上歳上の者が,「対処能力」(性的な行為に関して自律的に判断して対処することができる能力)が不十分であることに乗じてわいせつ・性交をした場合を処罰することを定めています。

3. 公訴時効の長期化

 いわゆる肉親や養親による児童に対する継続的な性的虐待の事案などでは,被害者が監護者の監督下を離れて被害から解放され,医療関係者や捜査機関に被害申告ができるようになるまでに時間がかかることが知られています。
 しかしながら,現行法では,強制性交等罪の公訴時効は10年,強制わいせつ罪の公訴時効は7年とされており,被害者が幼い頃の性的虐待を告発しようとすると公訴時効が経過してしまっているという問題点が強く指摘されていました。
 そこで試案では,上記のように要件を変更した従前の強制性交等罪・強制わいせつ罪に該当する犯罪の公訴時効を一律に15年とし,更に被害者が当時18歳未満である場合には,18歳に達するまでの期間を加えることとしました。
 なお,この法制審議会での議論は,2020年6月から実施された法務省の性犯罪に関する刑事法検討会の取りまとめた報告書に基づいて行われています。
 上記検討会における公訴時効の議論では,被告人による強制わいせつ被害が公訴時効を迎えていたために,被害者が虚偽の強姦を主張している可能性があるとして当事務所の弁護人が無罪判決を獲得した横浜地裁川崎支部の裁判例が繰り返し指摘されていました。
 上記事件において,公訴時効制度の弊害を指摘して無罪判決に繋がったことが,公訴時効の長期化の議論に一定の影響を与えたものと思われます。

4. 性的事態の撮影行為等を処罰する規定の創設

 これまで,いわゆる盗撮については各都道府県の条例において罰則が定められているのみで,刑法にこれを明示的に処罰する規定はありませんでした。
 試案では,正当な理由なく人の性的部位やわいせつ行為・性交の間における人の姿態等を撮影する行為や,これにより生成された電磁的記録その他の記録や複写物の提供・公然と陳列・保管を処罰することとしています。